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職漁師の足跡

2019年9月15-16日

8月の東北合宿から帰った翌日、奥志賀の職漁師を紹介している本を見ていたら、山を越えてU川に入っていたという記載があった。地形図で確認すると、たしかに尾根を下って源流部に行けそうな地形だ。すぐさまKくんに「イワナ天国」への誘いのメールを送った。今期最後となる泊まりの遠征は、この渓のイワナを釣りに行こう。その日から当日までは、すべてが調整日となる。体調を整え、天気予報をつねに確認する。職漁師の足跡を辿る。

林道の終点からゴルジュの続くところを川通しで10km以上歩くよりも、標高2000mの稜線を越えるほうが現実的だ。今回は15kgの装備だけど、先日の山行のおかげで軽く感じる。メボソムシクイのさえずりを聞き、ゴゼンタチバナやアカモノの実を撮影する余裕もあるが、あらゆる悪い予想をする。先行者、渇水、不漁、夕立、ケガ。気がかりなのは、登り始めからネマガリダケが密生していること。ネマガリダケの存在をすっかり忘れていた。登山道を2時間ほど歩いて、稜線に着いた。ここからは道のない尾根を下って渓を目指す。淡い期待は外れ、植生に変化はない。途方もないヤブこぎの始まり。体力を消耗し、ザックの重さが効いてくる。なかなか前に進めない。クマに遭遇しないように音を出しながら、先頭を交代しながらかき分ける。ソウシチョウとウグイスの古巣があった。高さ2m以上のヤブでは進行方向もわからず、GPSがないとかなり危険だ。ふと時計と地図を見ると、2時間で500mしか進んでいなかった。このペースでは、日没までに目的地に辿り着けない。尾根道を諦め、沢に入ることに。これは危険な賭けだった。地形図では滝はないが、今回は懸垂下降の道具を持参していない。降りられない崖があったらまずいことになる。そうこうしているうちに水の流れる音が聞こえ始め、とたんに元気になる。急斜面を下って沢に入った。しかし、目的地まではまだ1.7kmもある。ナツハゼの実を食べ、チョウジギクの花を見る。

小さな滝をいくつか消化し、ひたすら下った。良場でも魚影がなく、不安になる。合流点まで120mというところでやっと魚が走った。沢に入って3時間後、ようやく本流に合流した。登り始めから7時間30分が経過。テントを張り、釣りの準備をする。竿を振れるのは1時間ちょっとだ。早速、テン場から釣り下ることに。水温は14度。ダイモンジソウの花が咲いている。しばらく行くが魚影がまったくない。もちろん、あたりもない。こんなはずはない。先行者がいたのか? 仕方なく引き返す。数分前に通った小さなプールにイワナの姿があった。底にいたがこれを引き出す。ヒレの橙色が目を引く美しい8寸のイワナだ。そこから5mほど上流にも魚影が。よく見ると、10尾ほどが深みに定位している。一目で尺上とわかる個体も。時間がないので食い気のあるやつを1尾釣る。日没が迫っていたので足早に戻りつつ竿を振った。良場には必ず複数のイワナがついていた。行きは見逃しただけなのか。時間をかければ大釣りできるだろう。最後は夕食用のフキやウワバミソウを摘む気力もなかった。

20時30分に就寝。午前3時に目が覚めた。コウモリ類の可聴音が聞こえる。4時前から雨がパラパラと降り、1時間ほどで上がる。が、5時30分過ぎから霧雨に。米を炊き、塩をかけて食べる。硬い米だ。昨日のことを考えると、8時にはテン場を出発したい。食後に1時間だけ釣り上がる。イワナのよく釣れる、良い渓だ。河床が明るくて水量があり、プールが多く、さらっとした渓相。ゆるやかな流れ。こんな場所では、大きめの毛鉤が良さそうだ。「魚が釣れた」ではなく、そこの魚をどう釣るか。現地の景観を見ながら巻きたいと思った。イワナの多い渓で試したかった毛鉤は、時間切れのため使えなかったのが残念。また来年、3年越し。

帰路は、下って来た沢を詰めて稜線に出ることに。途中から霧雨は小雨になった。ザックのなかの防水の袋に入れていないものは、すべて浸水。出発から4時間10分で沢が終わり、再びヤブこぎが始まった。登山道まではあと130m。この距離を40分かけて進む。樹林帯が終わり、空が開け、平坦になったところで登山道に合流。そこからさらに2時間下って、駐車場に着いた。長い道のりの果てに、魚影の濃い渓があった。